妊活4年目の日常

赤ちゃんに会いたい!

初めて担任をした時の思い出。

今週のお題「忘れたいこと」

今から10年前、まだ私が教員1年目だった頃、私はある私立中学に勤務することになりました。

私は3年生の担任を任されました。
教員になるのが昔からの夢だった私は、張り切りまくっていました。

でも、授業も下手くそ。連絡ミスはしょっちゅう。そんな頼りない私に対して、暴言を吐く生徒がいました。
その生徒はクラスの中で影響力が強い子で、他の数名の生徒と共に私に暴言を吐くようになりました。

「早く死ね」「キモい」

直接言われるだけでなく、黒板に書かれたこともありました。
先輩の教員が気づいて助けてくれたこともありましたが、他の教員の前では良い子にして、私の前では激しく反抗するので、私は他の先生に助けを求めることができなくなってしまいました。

だから当時は、「負けるもんか!」と1人で必死に耐え、必死に立ち向かいました。涙を見せたら負けだと思っていました。
授業ももっと上手になれるように努力しました。

必死でやっていたら、私のことを認めてくれる生徒も出てきました。


でも、駄目でした。

卒業式の日。ドラマだったら反抗的だった生徒が改心して先生と別れを惜しむ…ということもあるでしょうが、最後まで暴言を吐く生徒がいました。

「お前が担任で最悪の1年だった」

1度も涙を見せなかった私もついに耐えきれずに泣きました。


あの日のことは今でも忘れられません。


あの時の生徒たちのことを思うと申し訳なくてたまりません。


クラスの子たちは、私が暴言を吐かれているのを毎日のように見て、楽しく過ごせていたのでしょうか。あの最後の日まで暴言を吐いていた子は、人を思いやれる大人に成長できているのだろうか。
私がもっと違う接し方ができていたら。


その後、「他の学校を探してください」と校長に言われたのでその学校を辞めることになりました。それもすごくショックでした。
自分は教員に向いていないのかと悩み、泣きました。


でも、とても悲しかったと同時に悔しくもあり、もう少し教員を続けてみようと決めました。

私が学校を辞める時、
「先生、これからも先生頑張って!」
と言ってくれた生徒がいたのです。

ほんの一部ですが、私を先生として認めてくれた生徒がいて、私も100%教員が嫌になった訳ではなかったので、もう少し教員を続けたいと思いました。

その後は、別の学校で非常勤講師として働いて、まずは授業の腕を磨きました。

それから色んな学校で講師を勤め、良い
先生方に出会って色んな考え方や指導の仕方に触れました。

そして、教員9年目、2回目のクラス担任を務めました。今度は高校1年生の担任でした。
1年目の自分よりもできることがかなり増えて、生徒に教えられることも増えて、担任を楽しいと感じられるようになりました。

終業式の日に生徒が、

「このクラスのままがいい」

「先生が担任で良かった!」

と言ってくれました。
あの日のことは今でも忘れられません。


初めて担任を務めた、1年目のあの日のことは忘れたいけれど、あの頃があったから今の自分があるんだろうと思います。

辛いことも、自分次第でプラスに変えることができる。やっぱり後悔はしているし、できるなら過去に戻ってやり直したいと思ったりもする。でも、過去に戻ってもあの頃の私はやはり力不足だった、ただただそれに尽きます。

あの頃の私も精一杯やってた。
あの時の経験が私を成長させた。

もう後悔はせず、これからの人生も自分にできることを精一杯やって、楽しく生きていこうと思う。