徒然なるまま、思うまま日記。

社会の荒波に揉まれながら、人生について考える29歳のわたし。

どんなに仲が良くても、いつか友達は離れていくと思ってる。

私の友達が、友達関係のことで悩んでいました。


子育てに関する考え方の違いで言い合いになり(冷静にお互いの考えを述べ合う)、お互いの考えを理解し合えないままになった。

友達の友達はこれから、しばらく海外へ行くことになっています。


私の友達は、腹を割って話せないまま離れ離れになってしまうことで、彼女との関係が切れてしまうことを不安に思っているようでした。

私から見ても、2人はとても仲のいい、特別な友達同士でした。だから友達が彼女との関係が切れてしまうことを恐れるのはわかります。


しかし、そんな2人だからこそ、このまま離れてもまた次に会う時には仲良くできるのではないか、と私は思います。


28歳にもなると、仕事が忙しかったり、結婚して子育てに励んでいたり。友達と会う暇はなかなかありません。

それに、学生時代の友達は特に。別々の人生を歩むうちに、価値観や考え方の違いが生まれ、以前のように仲良くできなくなることがあります。

かなり仲が良い友達だったら、価値観や考え方の違いをお互いに認め合い、応援し合い、良い関係でいられるのですが、そういう友達は数少ない貴重な存在です。


だから、私は、友達はいつか疎遠になるものだと思っています。

たまに会って、「元気にやってる?」と言って色んな話をする…そういう付き合い方しかできない。しかも、そういう付き合いができる友達はごくわずか。


それでいいと思っています。

自分の人生、友達の人生、それぞれの人生を頑張っていたら、友達付き合いをする暇がないのわかります。

自分の父や母も、一切学生時代の友達と連絡を取っていないようですし。大人ってそんなものなんだと思います。


大人になってから、職場で仲良くなった人なんかは、頻繁に連絡を取ることもあります。ただし、なかなか仲良くなれる人は少ない。

大人になってから友達を作るのは難しいなと思います。


だからこそ、学生時代の友達は大切にしたいですが、難しいです。

毎日同じ教室で一緒に過ごしていた青春時代は、貴重なものだったんだなぁって歳をとればとるほど思います。


友達はずっと一緒にいられない。

そう思ったら、やはり人生のパートナーが欲しくなってしまいます。


婚活はしばらく休もうと思っていますが、パートナーについて、自分の幸せについて考えてみようと思います。

最近、この本を読みました。読んだらやっぱりパートナー欲しい!と思ってしまった。



恋愛も結婚もしない人生でよくない?

自分の人生にはパートナーが必要だと考え、人と深く関わりたいと感じて婚活を始めた私。


でも実際に始めてみると。

良い人に出会うことの難しさ、好意を抱かれても素直に受け入れられない自分の不器用さ、好きな人ができるとその人のことばかり考えてしまう苦しさ、に直面してなんだか面倒になってしまいました。


婚活パーティーで出会い、私に好意を抱いてくれていた彼からの連絡が途絶えました。愛想を尽かされたようです。

私が彼に興味がない、他の人のことを想っていることが伝わってしまったのかもしれない。

良い人でした。私じゃない他の人と幸せになってほしい。


私は。好きな人がいるけれど、いわゆる「脈なし」なのではと思うと動けない。

彼の言動を思い出しては、そこから彼の気持ちを推測しようとする…という、とても無駄で愚かなことを繰り返しています。

考えたって相手の気持ちなんて分かるわけないのに。本人に聞かないとわからないのに。


意気地なしな私。

とてもみじめで情けなくて、こういうところが恋愛…というより片思いの嫌なところです。


相手の気持ちを推測せず、ただ相手の言動を思い出しては「ああ、やっぱり好きだなぁ。」と思ってニヤニヤするのは、片思いの楽しいところだと思います。

何の見返りも求めずに「好きだなぁ」と思って、「私もがんばろ」という気持ちになれる。ずっとそれで満足できればいいのに、進展を望むからモヤモヤしてしまう。


そもそも、進展して何かいいことあるのかな。

付き合うこと、結婚することのメリットって何だろう。毎日連絡とりあったり、時々デートしたり、もしかしたら私にとっては鬱陶しいものになるかもしれない。


少し前まで婚活で忙しくしていたけれど、最近は1人で出かけたり本を読んだり。そういう時間がなんだか楽しい。


好きな仕事ができて家族や友達がいて。気の合う同僚もいて。恋人がいなくても結構幸せだと思ったら、わざわざ嫌な思いしたりウジウジ悩んだりして恋愛をすることが無駄に思えてきた。


1年前に、私の人生で唯一の彼氏がいたのですが、それは彼氏と呼んじゃいけないようなくらいの短い付き合いで。

恋人らしいことはしたけど、一緒に色んな話をしていくつもの季節を過ごして、関係を深めていくことはできなかった。


だから、友達でも家族でもない、恋人っていうのがなんなのか私にはわかりません。

わかりたいと思ったけど、わからなくていい、逃げたいと思うようになりました。


誰かが一緒だったらもっと楽しいだろうけど、1人でも楽しく生きていけるんじゃないかなぁ…。

愛されるのと愛するのはどちらが幸せか。

好きな人とは上手くいきそうな気配がないなか、私に好意を寄せてアプローチしてくれている人がいます。


今まで、モテたことなんてなくて、好きな人にはまともにアプローチできず。思い切って告白した人もいましたが、振られる。

そんな恋愛を繰り返してきた私にとって、好意を持たれるというのは、嬉しいことであり、どこか違和感もあります。


当たり前のようにご飯をご馳走してくれて、車で送ってくれて。

好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、休日の過ごし方、…私に興味を持ってくれて誠実に接してくれる。毎日メールもしてくれる。(でも私、本当は毎日連絡とるのは面倒。)

…違和感。


友達には自己肯定感の低さを指摘されました。

今までの恋愛で愛される経験をしていないこと、これまでの生き方からくる自己肯定感の低さ。自分でも実感していました。

ずっと、自分に自信が持てずにいた。


だから、人から好かれることに違和感を感じてしまうのかもしれません。

自分が自分を肯定できていないから、人に好かれると違和感。

誰かを好きになる方が楽でした。

そんな私に友人は、


「人に愛される恋愛を経験すれば、恋愛に対する見方や価値観ががらっと変わるんじゃないか?」


と言ってくれました。だから、向き合ってみることにしました。本当かな?と思いつつも。やってみなければわかりません。


好意を持たれる違和感が、嬉しさの混じったくすぐったいような感覚に変わる気もしているので、デートを重ねて相手と自分の気持ちに向き合ってみます。


好きなのは別の人だけど、私を好きでいてくれているのはまた別の人。

本当は自分が好きな人と上手くいきたい。

「この人かもしれない。自分と似てる。」「この人といると色んなことが頑張れる気がする。」と感じたのですが、そう思っているのは私だけなのだろうか。


好きになり過ぎると周りも見えなくなるし、好き過ぎて嫌われたくなくて上手く接することができなくなるので、少し気持ちを落ち着かせてみることにします。


恋愛してなくても幸せ。

今のままでも幸せ。

婚活も恋愛も投げ出したくなった夜。

私の婚活と恋愛に急展開が。


恋愛→職場の同僚で気になる人ができた。まずは連絡先を交換したい…と思うものの、職場恋愛ということもありなかなか進展せず。


婚活→気になる人ができたことで、あまり気がすすまないが婚活友達と一緒に行く約束しているパーティーには参加。一応継続。


ここで急展開!


恋愛→気になる人と連絡先を交換することに成功!「飲みに行きましょう!連絡先教えてください。」という言葉から「はい!いつでも!」という流れでスムーズに連絡先交換…。浮かれまくる。


婚活→上記の出来事の前に、婚活友達と参加した婚活パーティーで初めてカップル成立を果たす。相手は少し歳上で誠実そう。何より、私へのアプローチが積極的。食事に行く約束をする。



という展開。なんだかウハウハな感じですが、なんだか素直に喜べないのには、理由があります。


まず、恋愛の方。

連絡先を交換したのち、早速連絡をして飲みに行く日を決めたのですが、


「せっかくだから、他に誰か誘いましょうか!」というメールが。


嘘?!2人じゃダメなの?!

拒否られてる?!そう思った私は激しくショックを受けました…。

今冷静に考えると、特に意味もなく彼はそう言ったんじゃないかと思うのですが、私はそこで血迷って、


「できれば2人がいいです!」


というメールを…送ってしまいました…。

しかも軽い感じではなく、割と長文で。

「あなたと!話がしたいんです!」という下心満載のメールを…。


にも関わらず、やんわりと「やはり他の人を誘いましょう!」と言われ、結局計4人で飲みに行くことに。


既に脈なし!詰んでる!というショックプラス、「なぜ私はいつも徐々に関係を作るということが男性が相手だとできないのか」という自己嫌悪に苦しんでいます。


女性だったら、「仲良くなりたいな!」と思ったら気軽に誘ってご飯に行って親しくなって…ちゃんと段階を踏めるのに、男性だと少しいいな!と思った時点でまだそんなに親しくなっていないのに、気持ちの押し付けというか…抑えきれなくなります。


特にメール!!!!!

普段接するときはそっけないくらいなのに、メールだと!文章だと饒舌になってしまう私。好きな人に長いメールを送りつけがち…。

こんな自分が嫌だ!いつもこう。

私のことをよく知る幼なじみにこの話をしたら、「また突っ走ったの?笑」と笑われてしまいました。


でも、「それでいつも恋愛上手くいってないけど、それがあんたのいいところでもあるよね!」と言われて少し心が救われました。

飲みに行く日はとにかく、普通に楽しむことに徹したいと思います。逃げたい!


一方、婚活の方は。

カップル成立したお相手からの誠実なアプローチで食事の約束をしたものの、気になる人がいることでなんとなく気乗りしない私。

しかも、結婚願望が強そうな彼。

正直に「私は1年以内に結婚…とかは考えられない。だから、あなたの時間を無駄にするくらいなら、お会いしないほうがいいのではないかと思う。」と伝えて食事を断るメールをしました。とても自分勝手。私。


それに対し、結婚についても彼もそんなに焦っているわけではないと言われ、「良かったら会ってもらえないか?」と誠実な返事を返されてやはり会ってみることに。

時々するメールのやりとりからも誠実さが滲み出ていて、私に興味を示してくれる彼に癒されている自分もいる。でも、今気になるのは職場の人。


自分が好きな人か?

自分のことを好きな人か?


ドラマチックに言うならば、という形になっています。なんだか、客観的に見ると楽しい…美味しい状況です。

ちなみに幼なじみには、「あんたはいつも好きになった人とは上手くいかない。自分のことを好きになってくれる人とだったらすんなり上手くいって、きっと幸せになるんじゃないかな?」と言われました。

もしかしたら、幸せは目の前?

誰かに愛し愛される幸せ。


でも、苦しい。自分の嫌な面に直面してばかり。

自分の気持ちばかり押し付ける私。ワガママな私。自分の思い通りに人を動かそうとする私。自分に自信がない臆病な私。


こんな思いをするなら、婚活も恋愛もしなくていい。そうだった…これが恋愛だった。心が乱れて自分の嫌なところばかり見えて人を巻き込んで迷惑かけて傷つけて傷ついて。

なんか、嫌になりました。

こうやって嫌になってる自分もまた自分勝手です。


ネガティヴに捉えすぎなのでしょうか。

幼なじみには、「生理前だからネガティヴになってるんじゃない?笑」と言われました。


…あ!確かにそうだ。

そのせいもある。ネガティヴ。


でも、そうじゃない気もする。

2人の男性。どちらかと上手くいったら幸せなのか?

こうやって婚活や恋愛に悩んでいるときに話を聞いてくれる友達がいて。家族もいて。

好きな仕事もできている今。


今のままでいいんじゃないのか?

何かが大きく変わりそうで怖いし、別に今のままで良かったんじゃないかと思い始めました。


なんで婚活を始めたんだっけ?

人と深く関わりたいから?


婚活や恋愛じゃなくても良かったんじゃないか?

うーん…うーん…。

Twitterをやめました。

昨夜、思い立ってTwitterのアカウントを削除しました。


ただ、削除したあとも30日間はバックアップでデータが保存してあるらしいです。

もし再度ログインすれば、すぐにアカウントは復活する仕組みになっています。うっかりログインしないようにしたいです…。


なぜ急にTwitterを辞めたのかというと、Twitterになんでもかんでもつぶやいてしまう癖がついてしまったからです。

日頃の不満、愚痴、悩み、最近読んだ本や映画について、面白かったこと、感動したこと、嬉しかったこと…良いことも悪いこともつぶやいてきました。


1人暮らしなので、家に帰ってからがつぶやきタイム。フォロワーのつぶやきをチェックし、自分もつぶやく。


だけど、良いことをつぶやくならまだしも、不満や愚痴、悩みのはけ口としてTwitterを使うのは良くない気がしてきたのです。

鍵をつけていたので、私のつぶやきを見ることができるのは一部のフォロワーのみ。そして、そのフォロワーは私が特に親しくしている友人たちでした。

私はTwitterにつぶやいていると見せかけて、友人たちに不満や悩みや愚痴をぶつけていた気がします。


誰かに助けてほしい、聞いてほしい、わかってほしい。その欲求を満たそうとしていました。優しい友人たちは時々私にコメントをくれるので、少しはその欲求が満たされました。本当にありがたかった。

でも、ありがたいと思うと同時に自分はズルいなとも思いました。回りくどい。素直に頼れば良かった。


悩んだら、その悩みに的確なアドバイスをくれそうな人に直接相談しよう。

愚痴を聞いて欲しい時は、素直に友達を頼って電話なりLINEをしよう。

そう思うようになりました。


最近、誰かと深い関係を築きたい、自分を素直にさらけ出したいと思ったので、なおさら。Twitterで人と深く関わることも可能だと思いますが、プライドが高いくせに寂しがり屋な私にはTwitterが上手く使いこなせないと判断しました。


ただ、面白い情報を仕入れる手段としてTwitterを重宝していたので、その点は惜しいです。

閲覧のみ!と決めて新しくアカウントを作ろうかなとも考えましたが、しばらくはTwitterなし生活を続けてみます。


今日仕事で嫌なことがあって、早速Twitterでつぶやきたくなりましたがつぶやけずに苦しくて悶えた後に、その「嫌なこと」の解決のためにどう行動するか?を冷静に考え始めたので、嫌なことがあったら吐き出すことも大切だけど、一旦全て受け入れて苦しむことも大事なのかな?と思いました。


でもやっぱり苦しいから、職場の人を誘って飲みに行って愚痴をこぼそうかなと思いました。

ハッ!!!!これも良い傾向です。

Twitterに吐き出して満足していたら、職場の人と関わろうと考えなかったかもしれません。


人と関わりたい…直接…!

素敵なアラサー男性2人のトークショーに参加してきました。

先日、コピーライターの阿部広太郎さんと社会学者の古市憲寿さんのトークショーに参加してきました。


阿部さんは、林修先生の講義映像の中から「いつやるの、今でしょ?」を見つけてCMに起用したり、ロックバンドであるクリープハイプの宣伝を担当したりして活躍しているコピーライターです。30歳。


古市さんは、テレビでコメンテーターを務めたり、雑誌『ダヴィンチ』等でコラムを連載したり、多方面で活躍する社会学者です。最新の著書は『保育園義務教育化』です。


今回は、阿部さんが本を出版したことで開催されたイベントでした。


トークショーのテーマは「居場所を作るってどうすればいいんだろう?」でしたが、それだけにとどまらずに色んな話が出て面白かったです。


以下、私が印象的だった話をまとめます。


①「自立とは依存先を多く持つことである」

これは小児科医の熊谷晋一郎さんの言葉らしいのですが、阿部さんと古市さんもこれはその通りだと言っていました。

自立と聞くと誰にも頼らず生きていく、というイメージですが、人は必ず人に頼って生きる。電気も水も人によって得られる。

人や物に依存して生きねばなりません。


古市さんは、東京に何かあった時のために、東京以外の地方で仕事を持ったり、友達を作ったりしているそうです。なるほど。


②バッターボックスに立ち続けることが大切。

どんなに才能がある人もいつも上手くいくとは限らない。例えば才能のあるプロデューサーでも、いつも面白くてヒットするドラマを作れる訳ではない。

作り続ける。良い物を作ろうと行動し続けることが大切。


ちなみに阿部さんは、映画『信長協奏曲』の監督にヒットした理由を直接尋ねたところ、「タイトルで勘違いした高齢者が観に来たから。」と答えたそうです。

今、映画の観客は10代と高齢者が多いらしく、元々ドラマの放映で10代の観客が多かった中に高齢者が加わってヒットしたんだとか。へぇー!!!


浜崎あゆみが心配。

古市さんによると、最近のあゆはライブで仲間内にしかわからない話をしたり、歌よりトークを長くしたり、あれでは新規のファンがつかないよ!という感じらしいです。

自分の中に閉じこもり、同じ仲間の中に囲まれていると現状が見えなくなる。

批判してくれる人って大事だよね…という話になりました。


あゆの全盛期を知ってる世代なので、今のあゆにも頑張ってほしいです。今のあゆの魅力を活かして。

あゆの曲では『TO BE』が好きです。


阿部さんは人の良い好青年、古市さんは頭の回転が速くてしゃべりも早口でクールな青年でした。


参加者からの「座右の銘は?」という質問に古市さんが「そんなのない。場合によるし。これ!って決めてるものはない。」と即答していたのがカッコよかったです。

私だったら(何て答えたら頭良さげに思われるかな?)と邪な気持ちで考えて悩んだ挙句、「初心忘るるべからず!」とか安易に答えそうです。


でも確かに、場合によりけりですよね。

急がば回れ」な時もあれば「善は急げ」な時もある。なるほどと思いました。


自分の思うこと、批判的なことも物怖じせずにはっきり言う古市さんの語り口が素敵で憧れました。普段から知識を多く取り入れつつ、物事を深く考えている方なんでしょうね…私も色々吸収しつつ深みのある人間になれると良いなと思いました。


楽しかったです!


待っていても、はじまらない。―潔く前に進め



寂しいけど婚活に踏み出せない。

今日、半年ぶりに会った友人に、

「私は最近、仕事や趣味で人生を充実させようと思っている。そうするなかで素敵なパートナーに出会えたら嬉しいけど、たとえ1人でも楽しく生きられる!と思いながら毎日を過ごしてる。」と近況報告をしました。

そんな私に友人は、



「傷つきたくないのはわかるけど、諦めるのはまだ早いよ…!」


と言いました。そこで私は反論しました。


「パートナーを求めるって、誰かに幸せにしてもらおうっていう気持ちがある気がして良くない気がする。そもそも良いパートナーに出会えるかもかもわからないし、それなら自分で幸せになる努力をした方が良いと思ったんだよ。」


そんな私に友人は言いました。



「人は1人では生きていけないよ。赤ちゃんを見なよ。誰かに幸せにしてもらいたいって思うのは悪いことじゃない。」


そんなこと言われたら!!!!

本当は誰かを求めている、寂しさを感じている自分を許すことができる。気持ちが楽になる気がする。

でも、その友人の言葉を100%認めてしまったら、今恋人がいない私は幸せじゃないの?これからもずっと幸せになれない可能性があるの?と思って心が折れそうになります。


いっそ素直に「誰か私を幸せにして!寂しい!」と思いながら婚活に励んだら良いのかなぁとも思います。

でも、自己主張が苦手な上に、プライドが高く、他人からどう思われるかを気にしすぎる私にとって婚活は苦行です。

努力しても成果が得られるとは限らないという点でも苦行。


合コン、街コン、婚活パーティ…2年前に寂しくて恋人が欲しくて参加しましたが苦行でした。

「良いな」と思う人がいたこともありましたが、進展はせず切ない思いをしました。


結局私は、傷つきたくない。

それに自信もない。自分はどんな人間なのか。

最近家族と上手くいかなくなって気付きましたが、私は基本的に「人から良く思われよう」と思って生きてきたので、自分をさらけ出すことができません。


だからまず、自分の駄目なところも他人に見せて「これが私!」「私は私よ!」と思えるようにならないと、婚活に耐えられない気がします。


そもそも、自分をさらけ出せないと人と深い関係を築くことができないんじゃないかと思います。


昔から寂しがり屋だった私は、良い子でいることで人からの注目を得ていました。

人に尽くしたり構ったりすることで人と関わってきました。


自分の駄目なところは見せずに。

嫌われたくないから。


そしたら、一層孤独感が増した気がします。

今になって。私の駄目な部分も知っていて、それでも好きでいてくれる人はこの世にいるのだろうか?

良い子じゃなくても、人に尽くさなくても私は人から愛されるのだろうか?


そんな風に思ってわからなくなったので、やっぱり今は自分の好きなことをして生活するというのが大切な気がします。

わがままに。思うままに。


東京タラレバ娘』の新刊が出たらしいので、タラレバも参考にしつつ迷いながら悩みながら私はまた強く生きていきます。


私みたいなやつ、タラレバの作者の東村アキコ先生からしたら、「グズグズ言ってないで婚活でもなんでもして相手を見つけろ!」という感じなのでしょうか。

だって…いないんだもん、相手が(T_T)

難しいよー。傷つきたくないよー。

うええええ…