徒然なるまま、思うまま日記。

社会の荒波に揉まれながら、人生について考える29歳のわたし。

「社会で使えない人間」という言葉が大嫌いだ。

もし本当に、すごく仕事ができない人でも、そういう言い方をするのは嫌いです。


そもそも、「社会で使える人間」っているんですか。


私は社会で「使える」人間なんていないと思います。

だいたい、誰に使われてるんだよ?みんな誰かに使われてるわけではなく、社会の中でその人の意思で行動しているものだと思うし、そう思いたい。


とてもネガティヴな考え方だけど、私は社会人になってから、「私の代わりなんていくらでもいるんだな」と理解しました。

私だけにしかできないことなんてない。

私はそれほど能力が高いわけでもなく、いくらでも代わりはいるから、簡単に契約を切られるんです。


ただし、真面目に仕事することが取り柄である私は、人手が足りない時にとりあえず補充する際には都合が良い人材だと思います。

だから今まで、色んな職場を転々としてきました。


そう思うとむなしいのですが、私は自分の仕事が好きです。教師という仕事が好きです。

自分がやりたくて続けている。

私の代わりはいくらでもいるけど、私にとって、教師以外で夢中になって取り組める仕事は他に思いつきません。


今日はある失敗をして、「周りが見えていないなんて、教師としての資質がないし、あなたは社会で使えない人間だ。」と言われてかなりぐさっときてしまいました。


叱られたことには納得がいっていますが、「社会で使えない人間」という言い方はやはり嫌いです。


誰かに必要とされること、誰かに認められることを頼りにして生きるのはもうしんどいんです。


毎日必死に頑張ってる中で、叱られてしまって、なんだか張り詰めていた糸が切れてしまった感覚になってしまいました。

なんで私頑張ってるんだろう。

私は社会で使えない人間なのに。


そこでなんとか、自分がやりたくてやってるんだ!という気持ちを思い出して心を立て直したのですが、時々やっぱり思います。

しんどいなぁって。


私がいなくても誰も困らない、自分がやりたくてやってるだけだから、自分がもういいやって思ったらフッと消えてしまいたいです。

父と母が悲しむことが気がかりなので、消えないようにしていますが、もし父と母がいなくなったら、消えてもいいかなと思ってしまいます。


やりたいことをやるのって楽しいけどしんどいから。

もういいやって思います時々。


きっと疲れてるんだろうな。

こんなこと考えてしまってごめんなさい。

生きることを切望しながら消えゆく人もいる中で、こんなことを考えてしまった。