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徒然なるまま、思うまま日記。

婚活や恋愛、仕事を通して自分の幸せについて考える28歳のわたし。

高校時代に好きだった人に、大人になってから二度遭遇した。

が高校時代に好きだったA君は、同じ陸上部で高1の時は同じクラスでした。


高校から陸上を始めたものの華々しい記録を残せなかった私と違い、A君は1年生の時から活躍していました。


ある日、なにげなく、

「A君ってすごいね。」と話しかけた時、

少し照れながら、

「そんなことないよ。」と言うA君の反応が意外で、そんな些細なことがきっかけで好きになりました。


それから3年間、片思い。

陸上で活躍して、インターハイにも出たA君。おまけに甘いルックスに小顔の長身で抜群のスタイルのA君は、私とは違う世界の人物のように思えました。


同じ陸上部なのに、ほとんど話ができないまま。でも、思いを募らせてバレンタインにチャリで帰るA君を追いかけて、チャリのカゴの中にチョコを押し込んで去った私。

(迷惑なやつ…。黒歴史…。)


そんな思い出のあるA君に遭遇したのは、27歳の時。高校卒業以来。10年ぶりの再会でした。


信号を渡ろうと信号待ちをしていると、向こう側にA君がいました。

高校時代より大人っぽくなり、相変わらずのイケメンぶり。

そのイケメンぶりに怖気付いて、話しかけることができないまま、すれ違いました。


あとで友人伝いに聞いた話だと、その時A君も私に気がついていたそうです。

「あいつ高校の時と全然変わってない」というようなことを言っていたそうです。

「昔より可愛くなったな…」みたいに思われたかったな。

(友人にもよく「昔から全然変わらないね!」と言われてしまう私。)


2度目に遭遇したのは、その約2年後。

高校時代の友人の結婚式でした。

私は新婦側、A君は新郎側の友人として呼ばれていました。新郎も新婦も同じ高校出身なので、「すごい偶然!運命!」とまでは思いませんでしたが、「また会った…」と驚きました。


前に遭遇した時、話しかけることができずに後悔した私。今度こそ!と思ったものの、またまた話しかけることができませんでした。


イケメンぶりに怖気付いたから…。

成長してねぇな!私!

自意識のかたまり…。

自分のルックスがそんなに良くないのはもう分かってるし、色々人生経験して「私もなかなか良くやってるじゃん!」と思えるようになったのに。

A君に堂々と対峙できない私。

あと少し、自分に自信がない。

それがすごく悔しかった。


もう恋心は抱いていない。しかし、あんなに憧れていた人だから、話しかけてみたい。今度は気軽に。話をしてみたら、意外と普通の人なのかもしれない。


ただ、やはりルックスは普通ではなく、結婚式場でも抜群のスタイルで目立っていました。そんなイケメンに生まれて、陸上の才能もあって、君はどんな人生を歩んできたの?

どんな人なの?


ちなみに、私とA君のイメージ図です。

ルックスが違いすぎる…!

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昔は好きだったけど、ここまでルックスに差があると付き合うとか想像もできない。

一緒にいても落ち着かないし楽しめないかもしれない。

イケメンが必ずしもいいわけではないな。


一緒にいて落ち着く人がいいな。


次にもしA君に遭遇したら、ビビらずに気軽に話しかけることができる自分になっていたい。

片思い終了!振られました!

厳密には、振られてはいません。

好きな人に「好きです。」と伝えたところ、「そんなこと言われるとは思わなかった。考えさせてください。」と言われ、何も返事がないまま1ヶ月が経とうとしています。


振られては、いません。

でも、返事がないのは言いにくい返事だからなのだと思います。

そもそも、脈なんてなかった。

相手は同じ職場の先輩でしたが、複数で飲みに行った際に「同業者とは付き合いたくない。」と言っていましたし、連絡先を交換した後、何度か2人で飲みに行こうと誘ったものの上手くかわされてしまいました。


彼は私のことを、同僚以上の存在として見ることができなかったのだと思います。

彼は私に興味がない。でも、私は彼にとてもとても興味がありました。


婚活を通して「愛されるより、愛したい…!!」と感じていた私は、片思いでもいいと思っていた。

せっかく出会えた好きな人に、とにかく好きと言いたかった。見返りを求める気持ちは一切なかった…と言ったら嘘になりますが、そして、失恋はやはり胸が苦しいものですが、「好きだ」と思える人に出会えたことはやはり良いことだと思いました。


彼のハキハキしたところ、大きな声で笑って裏表がなく素直なところ(でも繊細なところ。少し腹黒そうなところ。)が大好きでした。

人を好きになると、その人の良いところを真似しようという気持ちになって自分も成長できます。

また、自分の弱さや情けなさ、ダメなところが露呈されて、それはちょっと嫌な気持ちにはなるけれど、そういう自分に気づいてもがいたり、そんな自分を受け入れたりできたら、それもまた成長に繋がる気がします。


自分が大好きな人に、自分は愛してもらえないということはやはり辛いものですが、きっと、同僚として彼は私のことを信頼してくれていました。

私の気持ちの方が大きくて、好意の種類が少し違っただけです。

相手の気持ちは誰にもどうしようもない、努力ではどうにもならないことです。


私には恋人やパートナーはいないけれど、失恋した時に励ましてくれる人はいます。

自分の好きな仕事に没頭できる環境があります。


ないものや手に入らないものを渇望して、望み叶わず絶望するより、今あるものや気づけばそこにある大切なものや人に感謝して希望を抱いて生きていこうと思います。


今人気のドラマ『カルテット』の第9話で家森が「人生やり直しスイッチ」の話をしていましたが、私も押しません。


押したくなる時はたくさんある。

親がいなくなったら押そうと思ったりもしているのですが、まだ見ぬ世界にはまだ知らぬ愛や希望や夢があるかも!と思って、また、今ある幸せもなかなか良いものだと信じて押さずにいようと思います。


色んな人に連絡して、甘えて、浅く広く依存して、とどまります。

友達への失言と余裕のない私。

大切な友達が最近結婚をしました。

心から嬉しかった。


その友達に今日会ったのですが、結婚式に来ていたAという子の、ちょっと一言多い性格や失礼な発言について彼女が愚痴をこぼしていた時、私は彼女に、


「私だったらAみたいな子とは友達にならない。」


と言ってしまいました。

何も言わなかったけど、私は彼女をきっと傷付けてしまったと思います。

彼女にとってAは大切な友達です。

たまに一言多かろうが、失言があろうが、結婚式に呼ぶほどの大切な友達。


その後、何事もなかったかのように話をしてくれたので、謝ることはしませんでしたが、謝りたかった。ごめん。


心に余裕がないのかもしれません。

友達の結婚や幸せそうな様子が心から嬉しいのは本心。だけど、自分と比較して少し辛くなってしまうのも本心。


結婚が必ずしも私にとっての幸せだとは思えないのに、恋人もいない結婚もしていない自分は幸せなのか?と考えてしまう。


そんなことを考えるようになってしまったら、結婚した友達にはもう会えない気がしてきました。


友達の幸せを素直に喜べるくらいの心の余裕がないときは、友達に会わないことにしようと思いました。

告白の返事がないので諦める準備をしている。

好きな人に告白をして、「考えさせてください」と言われて10日程過ぎました。


はじめの2〜3日は期待と不安が入り混じった思いで待っていたものの、今は自分の中で告白したことを「なかったことにしよう!」とさえ思っています。


ネットでつい「告白 返事待ち 脈」などと検索してはため息をつく日々。

そんな日々は不毛です。そもそも恋愛なんて不毛なものなのです。


ポジティブに、ウキウキした気持ちで明るい未来を想像すると、想像した通りのことが起きる…と述べていた本を少し前に読んだので、前向きに考えてみたりもしました。


でも、期待すればするほど、振られた場合のショックが大きくなると分かっているので、防衛本能なのかなんなのか、過剰に期待するのは怖くて仕方がないです。


どんなに前向きに考えても、他人の気持ちは思い通りにはならない。

人の生死、他人の心、この2つは思い通りにならない。どんなに努力しても。

だから、諦めなければならない。


必死に自分に言い聞かせています。

気持ちを伝えられただけでも良かった。付き合っても上手くいくとは限らないから、これはこれで良かった。私にとって今1番大切なのは仕事だから、付き合えなくても私は幸せだ。今のままで十分幸せだ。


私は幸せ。私は幸せ。

恋人がいなくても、自分の好きな仕事をして、自分で稼いだお金を好きなことに費やすことができて、時間を自分のために好きに使うことができて、幸せだ。


私は彼と付き合えなくても生きていける。

家族や良き友人もいる。

私は幸せ。私は幸せだ。


有り余って暴走しそうな負のエネルギーを消化するために、1人で山登りをしてきました。

2時間ほどかけて登りました。


頂上から見た景色はとても綺麗でした。

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告白の返事を待っている。

好きな人に「好きです。」と伝えました。

言うつもりはなかったんだけど、バレンタインに渡せなかったチョコを「いつもお世話になってます。」と言いながら渡すときに、


(違う…これは義理チョコじゃない。ドキドキワクワクしながら、たくさん味見しながら、選んだ本命チョコだ…)


と思ってしまい、「好きです。」と言ってしまいました。


突然だったので、相手には「考えさせてほしい。」と言われました。

あとは相手から何か言ってくるのを待つしかありません。


振られるのが怖くて、「振られてもいいもん!きっと付き合ったら大変だ…。」と彼のことをディスる勢いで友達に電話してしまいました。

ほんとは付き合いたい。

でも、相手の気持ちは私にはどうしようもできないから歯がゆくて苦しい。


だけど思い出せ!

好きだー!と自信を持って思えるほどの人に出会うことが、どんなに難しいか。


彼を好きになって、どれだけワクワクしたか。


「好きです。」って伝えた時に、彼が戸惑いながらも笑顔を見せてくれたのが少し嬉しかったです。


私から好意を持たれたことを、彼が少しでも嬉しいと思ってくれていたら嬉しいです。


付き合えなくても、誰も何も悪くない。こればっかりは。運命とか縁とかもあるのかもしれないし。


もし付き合えたら嬉しい。相手によりかかり過ぎないようにして、お互いのやりたいことを尊重しながら付き合えたらいいな。


さぁ…いつでも来い返事。

どっちでもいいぞ!

とりあえず、告白した私の勇気に乾杯。

告白してしまうほど好きになれる人に出会えたことに感謝。気長に待ちます。

渡せるかどうか関係なくバレンタインのチョコを用意してみた。

バレンタインに好きな人がいるのは数年ぶりです。4年ぶりくらいかな。


渡せるかどうかは別として、「せっかくだから!」という気持ちでデパ地下のお菓子売り場に行って、チョコレートを買ってきました。


バレンタインが近いということで、たくさんの種類のチョコレートが売られていましたが。

色んなお店のチョコを見て、試食をして、「あの人にはどのチョコがいいかな?」と悩みながらチョコを選ぶのは、なんだかウキウキしてくすぐったい気持ちでした。


「これなら喜んでくれるかも!」と思って選んだチョコを買うときも、ウキウキしました。


バレンタインなんて面倒くさい!でも、職場の上司とかにチョコをあげた方がいいのかな?と毎年この時期は自分で勝手にプレッシャーを感じて悩んで少し疲れてしまっていましたが、結局、あげたければあげればいいし、迷うならあげなくていい…そういうもんかなって思うようになってきました。

それに、毎年悩むくせに結局誰にもあげない私…笑。


今年は心から「この人にあげたい!」という人がいて、その気持ちに素直に従ってバッチリチョコを準備できて嬉しいです。

このチョコを渡すことができて、相手に喜んでもらえたら…さらに嬉しい。

私の片思いなので、もしかしたら迷惑かなぁとか心配になってしまうけど、その辺も考慮して手のひらサイズの重すぎないチョコを選んだので、どうか受け取ってください。


両思いじゃない限り、チョコをもらうのってもしかしたら重かったり迷惑だったりするのかなと思うけど、ただの自己満足かなって思うけど、素直に好きという気持ちを示すことを許してほしいなぁ。f:id:yashiko884:20170210221212j:plain

大人になるほど「できないこと」が増えていく。

子供の頃は、できることが増えていくたびに喜びと誇らしさを感じていました。


九九が言えるようになったり、自転車に乗れるようになったり、泳げるようになったり。

初めは怖くても、上手くいかなくても、頑張って練習すればできるようになった。

なんでもそうなんだと思っていました。


だけど、中学生・高校生ぐらいの年頃になると自分の能力の限界も、自分よりもできる人がこの世界にはいくらでも存在することも分かり始めてきました。

自分へ抱いていた大きな期待が裏切られたような気持ちで、塾の壁に貼られた「努力は実る」という言葉を疑うようになりました。


それでも、真面目で努力家で、特に家族の前では良い子でいたかった私は、何事にも一生懸命であることが正解だと信じて辛くても頑張ってきました。我慢してきました。


もう辞めたい、できない、やりたくない、…そんな思いや言葉は我慢してきました。

そうやって頑張ってみたらできるようになったこと、上手くいったこともあります。

思い通りの成果は得られなくても、得るものはあった。


だけど、我慢に我慢を重ねて頑張るのはもうしんどい。

大人になったらなんでもできるようになる訳じゃない。逆にできないことの方が増えてきました。どんなに努力してもできないことが。


そういう「できないこと」に直面した時に、昔は母親が「あなたならできるよ。」と励ましてくれました。

でも、これからは「できないよ。辞めたいよ。」と言って、逃げ出したり、投げ出したりしてもいいですか?

そんな駄目な私でもいいですか?


どうしてもできないことは投げ出して、自分にできること、やりたいことに走ってもいいですか?


大人っていうのは、自分が思っていたよりも頼りなくて弱いものなんだなと、自分が大人になってみて感じました。

ただ、自分の駄目なところを認めつつ、自分の好きなこと・やりたいことに取り組むことができている大人は強いなぁと思います。


駄目な私を許してほしい。