徒然なるまま、思うまま日記。

社会の荒波に揉まれながら、人生について考える29歳のわたし。

家族でも友達でもない職場の人との関係はドライ。

4月から新しい職場で毎日忙しく、上手くいかなくて落ち込むこともあり、怒涛の日々です。


だけど、同期の2人と仲良くなったおかげでそんな怒涛の日々もなんとか乗り切ることができています。


同期は女の子と男の子で、2人とも私より歳下です。私が最年長ということで、2人をサポートしようと初めは思っていましたが、2人とも私よりもしっかりしているので、今では私の方が2人に甘えています。

仕事がきつくて息抜きしたい時は、2人をご飯に誘ったり、愚痴ったり。


職場の人間関係ってドライ。

表面上仲良くしてても、影で批判されてたり、揉めてたりする。

「あまり自分の本心をベラベラ話すべきじゃないな」というのが社会人を5年経験しての結論です。


あと、自分が頑張りたいと思って頑張るのはいいけど、誰かに認められる為に頑張りすぎるのも、自分を犠牲にして頑張りすぎるのもよくない。

私が心身を壊すほど仕事を頑張っても、仕事は私を助けてくれない。

職場の人はどんなに優しくても、自分や自分の家族のことが何よりもいちばん。

私のことを気にかけてくれる人なんてそうそういない。

長い時間を共に過ごすのに、家族でも友達でもない職場の人たちとの関係は濃いようで薄くて寂しい。


そんな思いを胸に秘めてるんだけど、休日出勤をした今日、デスクで黙々と仕事をしていたら、同期の男の子が近付いてきて私の顔を覗き込むようにして、微笑みながら、


「髪切りました?」


と声をかけてきたのでキュンとした。

今日は暑いから、サイドの髪を耳に掛けていたんだけど、そんな少しの変化に気づいてくれて、それをわざわざ言ってくれたことが嬉しかった。


嬉しかったのに、真顔で「切ってないよ。」と答えるので精一杯だった。


ドライな職場の人間関係の中で、唯一本音で話をして、信頼している同期の2人。

男の子の方は異性なので、最近妙に意識してしまいます。

なんだか最近よくからかわれるんだけど、私が言ったこととかしたことをちゃんと覚えてくれていて、くすぐったいような気持ちがします。


今日もくすぐったかった。

なんだか幸せでした。

「おとなしい」ことは駄目なのか?

4月から新しい職場で働いていますが、周囲の方々から、私を含めた新人3人に関してこう言われています。


「今年の新人は、おとなしい。」


私はこの言葉に傷ついてしまいます。

人見知りで内向的だった幼少時代。

それでも人が好きで、人と関わるのが好きで、少しずつ少しずつ積極的に行動できるようになった。


だけど今でも、4人以上の集団で会話をするのが苦手です。

1対1または、3人なら上手く会話ができるのに、4人以上の集団だと私は黙り込んだまま。リアクションはしているのですが、喋るタイミングがわからなくて何も話せません。


昔から、明るくて社交的な人に憧れ、自分もそういう風になれたらどんなにいいか、と思っていました。


でも、変えようと思っても変えられなかった。

変えられなかったけど、良い友達に恵まれたので、変えられなくても良かったのかもしれない。というか、変えられない。


人見知りで内向的なのに、人が好き。

おとなしいくせにスポーツとかは好き。

おとなしいわりに「これだ!」と決めたら即行動するところもあり、自分で自分を持て余しながら生きています。


スポーツが好きな人は、明るくて社交的で元気があって…というイメージがありますが私にはそれが当てはまりません。



「今年の新人は、おとなしい。」


「若いんだから、元気に!」


「今の若手は正直物足りない。もっとがむしゃらに!」


大きな声で、明るく元気な人だけが、がむしゃらに頑張ってる訳じゃない。

口数が少なくていつも落ち着いた雰囲気の人も、努力してるし、想いも強い。


自分の頑張りやもっと言えば存在を否定されているように思えて、傷つく。


私は、おとなしくてモジモジしてしまうけど、それでも頑張って何かしようとする子は応援したい。

人と関わるのが苦手だけど、繊細で優しい子にはそのままの自分で上手く人と関わることができる方法を教えたい。


確かに、おとなしすぎるのはよくない。

言うべきときに自分の思いを言える、他人に自己開示ができる、能力は必要。


だけど、おとなしい性格ってそんなに駄目ですか?

評価下がりますか?



物で溢れている実家が嫌だ。物を捨てたい。

実家から職場まで十分通える距離なのに、3年前にわざわざひとり暮らしを始めた理由の1つが、物の多さです。


テレビでたまに見るようなゴミ屋敷と比べたら全然、綺麗なのですが、5人家族だから物が多い。


母は「もったいない」精神が強くなかなか物が捨てられない、洋服もボロボロになるまで着る人。

父は家のことは母に任せきり。どこに何があるかあまり知らないと思います。


弟も「とりあえず取っておく」精神プラス、今は実家を出てひとり暮らしをしているのですが、「使わないものはとりあえず実家に置いておこう」という感じ。


ただし、母と弟は割と綺麗好きな方で、物は捨てられないけれど整理整頓はできる。


妹は物が溜まっていっても気にしない、使ったものは出しっ放し。自分の部屋ならまだしも家族の共有スペースであるリビングのテーブルの上にごちゃごちゃと物を置く(全て妹の持ち物)始末。


私は潔癖症とまではいきませんが、物は必要な物以外持ちたくない、部屋はスッキリした状態でいたいので、実家でごちゃごちゃと物が置かれたテーブルを見ることや、いらない使わない物がクローゼットの中に乱雑に置かれているのを見ることが嫌でした。

ストレス!!!!


今はひとり暮らしで、物の管理や処分が好きなようにできて本当に快適です。

性格なのでしょうか?


きっと、育った環境の影響もあります。

実家は今でこそ二階建ての家(借家)なのですが、私が20歳までは狭い2DKの木造アパートに家族5人で暮らしていました。


襖で隔たれてはいたものの、自分の部屋やプライベートはほとんどなく、思春期の頃は特に「本当はもっと広い部屋に住みたい」と思いながらも親の苦労を思って我慢していました。

反抗期らしき時期もありましたが、とにかくなるべく外に出ることで発散していました。

ランニングしたり…健全!

大学受験の勉強も家では集中できなかったので(でも昔から狭い家で、テレビの音が丸聞こえな中勉強していたので、集中力がついていた)、放課後学校で居残りして勉強。


幼い頃は父と母がいつも近くにいて安心感がありましたが、私も弟も妹も大きくなった頃は、狭い家が物理的にも精神的にも窮屈でたまりませんでした。


だから、少しでも広さを感じたくて、いらない物はとにかく捨てる…物が増えることを恐れていました。

いらない物をたくさん捨てた時の開放感。


妹も同じ家で育ったはずなのに、妹はどういう思いを抱いていたのでしょうか?

私が中学生の頃、小学生だった妹が親にベッドが欲しいとねだって買ってもらっていたのを見たときは衝撃でした。


ただでさえ狭い我が家にベッドが置かれた時は、絶望を感じました。

怒り悲しみ憎しみ…でも子供の私にはどうすることもできない。我慢。


物を増やすのが嫌いなだけでなく、少し前までインテリアも嫌いでした。

部屋をおしゃれにするとかどうとか以前に、部屋をとにかく広くしたかった。

この呪縛はなかなか根深く、ひとり暮らしを始めて2年経ってようやく、部屋をおしゃれにしたり可愛くすることで生活が豊かになるということに気づきました。


将来子供を持つこととか妄想したりしますが、子供に色々してあげられるだけの経済力はやはり必要だなと感じます。


私の両親は愛情深く育ててくれましたが、お金の面では苦労している様子でした。狭いアパートに住み続けていたことからもそう感じられましたし、私も含め子供3人とも大学に進学させたので、相当頑張ってくれたはずです。


必死で働いて働いて…そんな両親に素直に感謝ができない自分がいます。

そんな愛情深い両親だったからこそ、色んな不満があってもぶつけることができず、ジッと我慢してきたツケが今になって回ってきてしまいました。


まだまだ子供だ。

遅れてきた反抗期。


もっと若い時に、子供の時に、我慢せずに色々ぶつけてワガママ言って甘えまくっていれば良かったです。

もし私に子供が産まれたら、いっぱい甘やかしたい。

理想のパートナーについて真面目に考えてみた。

独身、彼氏ナシ、28歳の私。

仕事は好きだけど、結婚願望がないわけではない。(ただし、自分の親を見ていて結婚や子育ての大変さを感じていて、結婚にやや悪い印象を持っている。)


とりあえずパートナーが欲しい!

というのは素直にすごく思うので言葉にしてみようと思います。


まず、なぜパートナーが欲しいのか?

①人生が一層楽しくなると思うから。人が好きだから。

1人でも楽しいことはたくさんありますが、自分の体験や感動を誰かと共有できたらもっと楽しいだろうと思います。

もともと、人が好きなので、誰かと深い関係を築いて、その人の色んなところを見ることができるのっていいなと思います。

自分以外の人の考えや感情に触れると、自分の世界が広がる気がします。


②強くなれる気がするから。

自分のことを丸ごと受け入れてくれる人がいたら、いつも味方でいてくれる人がいたら、今以上に色んなことに挑戦できるようになる気がします。

ただし、相手に依存したり頼りすぎたりしないように気をつけないとな、と思います。

甘えたい!甘えて欲しい!誰かに甘え、甘えられることで強くなれる。


では次に、私の「理想のパートナー」とは?


①精神的に強い、大人な人。

上手くいかないことがあっても、落ち込んでも、立ち直って乗り越えられる強さがある人がいいです。

あとは、自分の心を穏やかに保つことができる人。人間なのでイライラすることがあって当然ですが、他人に八つ当たりなんてせずに上手く自分で処理できる人。


②話し合いができる人。

お喋りな人ということではなく、話し合うべき時にきちんと自分の考えを言ってくれる、また、私の話も聞いてくれる人…ということです。

相手との相性もあるのかもしれませんが、お互いの考えを言い合える関係が理想です。

我慢したくないし、相手にも我慢をして欲しくないので、お互いの考えを言い合ってすり合わせて付き合いたい。


あとは私の好みとかになってきます。

笑顔!笑顔が素敵な人。

芸能人なら星野源ディーン・フジオカさんのような笑顔。


あと、ハキハキした喋り方の人が好きです。

ハキハキという感じと少し違う気もしますが、星野源さんのオールナイトニッポンでの話し方も好きです。


あとは仕事を楽しんでいる人も魅力的に感じます。仕事って楽しいだけじゃないですが、楽しさを見出して楽しめるって大人だと思います。色んなことを楽しめる人は素敵です。


どこかにいないかな?

私の理想のパートナー…!

※理想のパートナーイメージ図(星野源)

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結婚した友達との付き合い方が難しい。

せめて私に彼氏がいたら、「ゆくゆくは結婚を考えてるんだけど、結婚ってどう?出産ってどう?」なんて話ができるのですが。


完全なる独り身でロンリーな私には、それができません。今の私の生活の中心は仕事なのですが、仕事の話を専業主婦として子育てに励んでいる友達に話すとなんかウケが良くないような…?気がしてしまいます。


子育て中の友達からすると、

「独身は自由で仕事もできていいな!私は毎日家にこもりきり。」

と私は思われているのかもしれません。


正直私も、

「子育てって本当にきつそう…。」

と思うことがあります。


しかし、私も友達が羨ましい気持ちがあります。

「夫がいて、可愛い子供もいて。1人じゃないっていいな。長い人生を誰かと生きられるっていいな。」

と思ってしまいます。


気をつけないとその思いが妬み嫉みになって、心の中が黒くなってしまいそうになります。


パートナーがいる

=誰かに愛されている


私にはそんな人いない。

仕事を頑張っても、私の代わりはいくらでもいる。でも、結婚するのはお互いをかけがえのない存在として愛しているからだ…と思ったら、私ってなんだろう?と、どんどん落ちていきそうになります。


だけど、私には私の幸せがある。

夫や子供がいなくても、私にも得たものや幸せがある。


だから気にしなくていいんだ!

お互い様、それぞれの幸せがある!

と思って私は仕事の話、友達は子育ての話をしていいのだ…


と完全には割り切れません。

話をしていて思いましたが、やはり専業主婦で子育て中の友達に仕事の話をしても彼女はつまらないんじゃないでしょうか?


私の仕事に興味があるのならまだしも、そうじゃなければ彼女には全く関係がない話。

「ふーん。そうなんだ。」って感じ。


これが逆だと少し違う。

「自分もいつか子育てするときがくるかも!」という思いがあるので、興味を持って話を聞くことができます。


そういう面で、結婚してるかしてないかの違いが大きく出てしまう気がします。でも結局、私が気にしすぎ、「女は結婚して子供を産むのが幸せ」という一般的な価値観に縛られすぎなだけだとも言えますが。


せめて妬まず、落ち込まずに、「私もいつか結婚したいな〜」と素直に思いながら、好きな仕事に取り組み、思うままに生きていきたいものです。


あと、新しく友達を作りたいなと思います。大人になってから新しく友達を作るのは難しいと感じたのですが、かといって学生時代の友達と付き合い続けるのも難しいのです。


考えすぎかなぁ?( ´_ゝ`)


ブルゾンちえみの「35億」が沁みる。

失恋した私の心を最近癒してくれているのは、今ブレイク中の女性芸人、ブルゾンちえみさんの言葉です。

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好きになった人がいたけれど、なかなか仲良くなれず、距離を縮められないまま気持ちだけが大きくなって告白。


だけど、返事がもらえないまま1ヶ月過ぎました。

返事がないのは振られたも同然だと思っているし、彼と付き合ってもお互いに幸せになれなかったかもしれないなと思います。

もしかしたら私は、「好き」という気持ちだけで終わっていて、彼と付き合うことを本気で考えることはできていなかったのかもしれない。


だから、彼には彼で誰かと幸せになってほしいと思うし、私も違う誰かと生きていけたらいいなと思います。

彼とは同じ職場の同僚でしたが、私は4月から新しい職場に転勤となります。

前の職場から遠く離れた土地に引っ越します。


彼のことを忘れて、新しいスタートを切るには最適な環境です。

新しい生活、新しい出会い。

わくわく。


けどやっぱ、失恋つらい(´;ω;`)


「あのときこうしていたら」「もっとこうすれば」と後悔して自分が嫌になったり、「でも結局、他人の心は操れないもんな」と思って恋愛が嫌になったりするのです。

彼のことを考えて切なくなってしまう。


新しい生活への不安も大きい。

好きな人に振られ、1人で遠く離れた土地に引っ越す私。寂しい。孤独。


だけど、新しい職場へ行き、挨拶をしたところ、やっぱりわくわくしました。

そう思った時、ブルゾンちえみさんの言葉が頭をよぎりました。


「味のしなくなったガムをいつまでも噛み続けますか?」


「新しいガム、噛んでみたくない?」


「この地球上に男は何人いると思ってんの?」










35億!!!!!!


新しいガムを噛んでみようと思います!!

いや、ガムを噛む前に、新天地でまずは仕事を頑張ります!!


あと、ブルゾンちえみさんですが、


「女に生まれて良かったー!!!」


という彼女の言葉も心に残っています。

私はよく「私が男だったら良かったのに」と思うことがあります。

もちろんお笑い、ネタだと分かっていますが、あんなに堂々と大きな声で「女に生まれて良かった」とブルゾンちえみさんが言っているのを見ると、憧れや嬉しさが込み上げます。


女は損、苦労してばかりだと思っちゃうけど、私もあんな風に「女に生まれて良かったー!!」と言いたい。

女であることを楽しもう!と彼女の言葉を聞いて思いました。


最後に余談ですが、YouTubeで検索するとTVでは観られないブルゾンちえみさんのネタを楽しむことができます。

下ネタ!!(だからTVではしないんだと思います)面白いです。

片思い終了!振られました!

厳密には、振られてはいません。

好きな人に「好きです。」と伝えたところ、「そんなこと言われるとは思わなかった。考えさせてください。」と言われ、何も返事がないまま1ヶ月が経とうとしています。


振られては、いません。

でも、返事がないのは言いにくい返事だからなのだと思います。

そもそも、脈なんてなかった。

相手は同じ職場の先輩でしたが、複数で飲みに行った際に「同業者とは付き合いたくない。」と言っていましたし、連絡先を交換した後、何度か2人で飲みに行こうと誘ったものの上手くかわされてしまいました。


彼は私のことを、同僚以上の存在として見ることができなかったのだと思います。

彼は私に興味がない。でも、私は彼にとてもとても興味がありました。


婚活を通して「愛されるより、愛したい…!!」と感じていた私は、片思いでもいいと思っていた。

せっかく出会えた好きな人に、とにかく好きと言いたかった。見返りを求める気持ちは一切なかった…と言ったら嘘になりますが、そして、失恋はやはり胸が苦しいものですが、「好きだ」と思える人に出会えたことはやはり良いことだと思いました。


彼のハキハキしたところ、大きな声で笑って裏表がなく素直なところ(でも繊細なところ。少し腹黒そうなところ。)が大好きでした。

人を好きになると、その人の良いところを真似しようという気持ちになって自分も成長できます。

また、自分の弱さや情けなさ、ダメなところが露呈されて、それはちょっと嫌な気持ちにはなるけれど、そういう自分に気づいてもがいたり、そんな自分を受け入れたりできたら、それもまた成長に繋がる気がします。


自分が大好きな人に、自分は愛してもらえないということはやはり辛いものですが、きっと、同僚として彼は私のことを信頼してくれていました。

私の気持ちの方が大きくて、好意の種類が少し違っただけです。

相手の気持ちは誰にもどうしようもない、努力ではどうにもならないことです。


私には恋人やパートナーはいないけれど、失恋した時に励ましてくれる人はいます。

自分の好きな仕事に没頭できる環境があります。


ないものや手に入らないものを渇望して、望み叶わず絶望するより、今あるものや気づけばそこにある大切なものや人に感謝して希望を抱いて生きていこうと思います。


今人気のドラマ『カルテット』の第9話で家森が「人生やり直しスイッチ」の話をしていましたが、私も押しません。


押したくなる時はたくさんある。

親がいなくなったら押そうと思ったりもしているのですが、まだ見ぬ世界にはまだ知らぬ愛や希望や夢があるかも!と思って、また、今ある幸せもなかなか良いものだと信じて押さずにいようと思います。


色んな人に連絡して、甘えて、浅く広く依存して、とどまります。